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祝300投稿、2周年 and NEW [クルマ]

来ました! 300回目の投稿です。

そして、2周年記念のこの日にぃ~


新しい相棒が来ました。
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半日乗ってみましたが、いやー慣れるのに時間かかるなこれ・・・[あせあせ(飛び散る汗)]


頼むぜ[パンチ]
[NEW]相棒[exclamation×2]
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BH5 [クルマ]

今日、8年11か月連れ添った相棒とお別れしてきました。

BH5

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すべてにおいて、素晴らしいクルマで、人生初の「車検」を通すほどのお気に入りでした。

パワー、スピード、ハンドリング、ユーティリティ、そしてAWDならではの走破性。これが、300万円そこそこで手に入れられるコストパフォーマンス。

まだ、走れます。
しかし、総走行距離193,300㎞・・・は、いつ、何が起きてもおかしくない状態であることに疑いはないし、正直に言えば不安な症状は小さいながらも幾つか抱えていました。

一旦は再車検を考えましたが、再度、車検の時期を迎えるに当たり、条件が整ったため、入れ替えることにしました。


補器類の付け替えをお願いしたため、NEWは明日です。
楽しみにしたいと思います。





改めて、ありがとう、俺のBH5!!!
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HONDA PRELUDE Type-S (BB6) [クルマ]

マイカテゴリーに「クルマ」とか入れておきながら、最近書いた「LOTUS 100T」が最初のトピックだったことに気づく・・・じゃぁ、やるか、そんな気分で。

インテグラTYPE-R(DC2)とどっちにしようか悩んだものの、インテRはそのとき大人気で3ヶ月待ちだったのとプレリュードの「ちょっと大人っぽい」雰囲気に惹かれて購入。

最上級グレードのType-Sを選択し専用色のサンマリノレッドにした。3代目、4代目に採用されていた4WSはATTS(アクティブ・トルク・トランスファー・システム)に変更され、Type-Sのみに装備される。スロットルを踏んだ状態で舵角を与える(ハンドルを切る)と外側のタイヤの回転を上げる、つまり内外輪の回転数に差をつけて積極的に「曲げる」というもの。最初からリヤタイヤの外径を変えているオーバル用インディカーの考えを機械化した感じ。非装着のSirに比べればよく曲がってくれるという印象。

ところがある日、牙を剥いた。走りなれた街中の国道。左高速カーブを普段なら70オーバーくらいを80オーバー90くらいで進入。最初から明らかにアンダーだったので、スロットルを戻すことなく、踏む。普通FF車はアンダーの場合スロットルを戻すことで「タックイン」現象を起こす。しかしそこはATTS。踏むことで「タックイン」より優れたコントローラブルな回頭性を発揮するはず・・・だが・・・

結果は鋭い回頭性能が仇となり、内側の縁石にKISSしてしまった。次の瞬間は完全な片輪走行だったのだ・・・

2.2LDOHC-VTECはインテグラのそれよりもパワフルで、独特のVTECサウンドも健在だったから、スペシャリティスポーツの名のとおり良いクルマでした!また乗りたいと思っています。

半年後、イギリスへ旅立たせました。(壊れてはいません!)

 


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LOTUS 100T HONDA [クルマ]

今日はこれについて良いコメントしか聞かないので、リアルなコメントを。

 

1988年、当時最強と言われたホンダV6ターボを搭載しながら、16戦15勝したマクラーレンMP4/4とは対照的に、ワールドチャンピオン、ネルソン・ピケを以ってして3位2回と1度も優勝戦線に絡めなかったマシン。前年の99Tはアクティブサスペンションを搭載し、究極のライドハイトコントロール機能を有していたが、その熟成不足が2勝にとどまる低成績の原因だったと決め付けられ、100Tはオーソドックスなショックアブソバー形式に「戻された」。(アクティブサスは1992年にウイリアムズが完成させF1GPを2年に渡り席巻した。)当時、ハンドリング性能ではフェラーリF187(F187/88C)がNo.1とされていたからか、フォルムはF187に酷似していた。このボディ形状もF187に似てはいたが、カウリングとの一体成形のF187とは対照的に、モノコックにカウルを被せる100Tは1世代遅れた技術だったといえる。

コーリン・チャップマン博士が革新的な技術を世に送り出し、F1におけるテクノロジーを常にリードしてきたロータスも博士の死後低迷する。新進気鋭のアイルトン・セナを起用し存在を示してきたが、革新的なアクティブサスの採用とHONDAエンジンの採用が同時だったことはロータスの技術力を示すにはBADタイミングだったかもしれない。もしあのままアクティブサスを捨てていなかったら・・・という世論は多い。

ロータスは1987年のデトロイトGPの勝利が最後(99T HONDA/アイルトン・セナ)、その後存続するも1994年を最後にF1GPからは姿を消す。その低迷期での話題は、ミカ・ハッキネン、ジョニー・ハーバートによる1992年のワークス食い、1994年イタリアGP(107MUGEN-HONDA/J.ハーバート)の予選4位などが光った。


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